「生きる力」なかにし礼著を読む

公開日: : 日々のこと

「生きる力」なかにし礼著を読みました。
私はこの本が2012年に発刊されていたことを知らなかった。その当時は私は開業助産師として仕事に忙殺されていたので、読書をする時間はなかったのです。
私は2020年に脳卒中になり、1ヶ月は急性期、5か月は回復期、病院で入院をして、リハビリをして、杖で家に帰ってきました。後遺症のため、近くのデイケアに筋トレと、歩行訓練のお世話になっています。

私は脳卒中になり何か書くことが好きになり、、本を読んだり、本を数冊書きました。これは私にとって大変幸いです。私の父は二回目の脳卒中で意識戻らず、57歳の若さで家で逝ってしまいました。私はいつも周りの人から「あなたはお父さんにそっくり」と言われて育ちました。つまり父とDNA(遺伝子)が似ていたのでしょう。私は5年前、父と同じく二回目の脳卒中を発症したのです。それは私が自宅出産のため訪問し、赤ちゃんが生まれた直後、私の左手がくるくる周り、しっかりしなくなりました。
 最初はそんなに大変だと気づきませんでしたが、何回も左の手に新しいゴム手袋に変えようとしてもできません。そこで「これは二度目の脳卒中かも」と直感し、自宅出産した方のご主人に「赤ちゃんも、お母さんも異常ないのですが、私が二回目の脳卒中かもしれないので救急車を呼んでください」と、冷静に頼みました。救急車は10分ほどで到着し、私は近くの医療センターに搬送されました。そうして、朝起きると左の手足が動きません。しかし意識はあり、お話もできます。私は生かされたことを実感しました。
その後、週に4回デイケアにお世話になっています。
 たまたまデイケアの本棚の中に、なかにし礼の「生きる力」を見つけました。そして、一気にこの本を読みました。
 私は今まで なかにし礼 の本は、一冊も読んだことがありませんでした。しかし今回彼の本を読んで、大変感動をしたのです。それは彼が食道癌になり多くの日本の医師は手術、抗がん剤の治療を勧めますが、その治療を選ばず、手術をしない治療法を夫婦でインターネットを通して探し、結果、陽子線治療に行き着きその治療をしたことが書かれていました。
私は彼が自分の食道がんの治療をただ医師にまかせるのでなく、自分たち夫婦で手術をしない治療法を探し納得して治療を受ける姿勢には感動しました。自分の命です。その命を自分が納得いくように情報を集め学び、そうしてその治療を受けた彼は素晴らしいです。

どうしても、自分が病気になってしまうと、医師にお任せになったりします。それはお産も同じです。「自分はどのように産みたいか?」をしっかり考える人はなかなか少ないです。しかしこの本を読んで著者は最後まで自分の癌はどのようにして治療してもらいたいかを諦めず、真剣に情報を探したことは素晴らしいです。それは彼が、満州から 命からがら逃亡し、日本の地で 色々と学び、ここに彼の生き様が凝縮しているのだと感じました。
今多くの日本の人々は、あまり自分の周りのことに疑問を持たない人が多いかもしれません。特に病院でのお産に疑問を持たず、それこそベルトコンベアの様にお産をしてもらい自分が満足しなかったお産の経験をした方が、沢山いらっしゃるのではないでしょうか?もし疑問を持ったなら、諦めず、彼の様に情報を集めましょう。

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  • 現在、朝比奈は左半身が不自由なので直接お産には関われません。夫が緑町診療所の1床で自然分娩をやっています。ここでは若い助産婦がお産をやっています。妊婦健診時には、朝比奈も若い助産婦と一緒に お話をさせてもらっています。実は半身不随になり、一度はお仕事を断念しようと思いました。おかげさまで生かされたので「まだ私のやらなくてはならないことがあるのでは」と思いなおしました。今のところ言葉には何の支障もありません。お仕事を少しでも違う形で続けられれば嬉しいと思っております。

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