自宅出産から10年、Fさん来訪

公開日: : 日々のこと

2月1日午後4時頃、玄関の方でどなたか「ごめんください」と女性の声が聞こえました。
私はソファーに座りながら、「どうぞ」と声を出しました。
私は二回目の脳卒中で直ぐにソファーから立って玄関に行くことが出来ません。すると夫が玄関に出て、「まえに自宅出産した方が、訪ねてこられました。」と私に言うのです。私はさて、どなたかな?と頭の中でくるくると探してみました。そうして、もう一度「どうぞお入りくださいと、声を大きく言いました。」
すると女のお子さん三人連れでゾロゾロとお部屋に入ってきました。
「あらーあなたですか、私は良く覚えていますよ。」
と言いました。そうです、彼女は少し高齢でしたが、お家でお産をなさった方です。「あーFさんです。」私は懐かしさでいっぱいです。「良く、いらっしゃいました」
「ところで今日はどうしたの?」と聞きました。Fさんは「近くでミュージカルがあったので子供と一緒に見に行った帰りです。」と答えてくれました。私は「あらー、今日は2月1日ですか?、私もそのミュージカルに行きたかったのにすっかり忘れていました」と私はFさんとお話ししました。そうして、「ところであなたがお家でお産した方は?」と伺いました。
一番下のお子さんを指差しました。私はその一番下の女の子をソファーの隣に座らせ、そうしてそのお子さんの頭を撫でながら、「大きくなったね」と声をかけました。「今何年生?」と言うと、彼女は「四年生です。」とはっきり答えました。
私は大変嬉しく「あのね、あなたが生まれる時にこのお婆さんがお手伝いしたのよ」と微笑みながら説明しました。そのお子さんは頷きながら、嬉しそうにお話しを聞いていました。三人のお嬢さんたちは素直に育っていらっしゃる感じです。私も大変嬉しいです。Fさんのお産ははじめて、四人目を自宅出産しました。どうして自宅出産をしたいと思ったのか、深く伺うのを忘れました。彼女は四十歳近いお産だったと思います。そうして、いざ、お産になる前に、お母さんのFさんは突然私に抱きつき、号泣するのです。私は最初びっくりしましたが、彼女の泣き止むのを待ちました。
 お産をこれからしようとする産婦は全て吐き出し、リラックスになる必要があります。そんな時、号泣することはその人にとって大切なことだったのでしょう。
私にとって大変勉強になリました。その後Fさんは覚悟を決め、素晴らしいお産をしました。私は彼女10年前のお産を良く覚えています。そうして、今日我が家をを訪れてくださありがたいです。
三人のお嬢さんとの語らいは30分くらいでしたが、ほんの短い時間幸せな時間届けてくれたことに感謝をしながら別れました。これからFさんご一家のご多幸を祈ります。

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