デイケアの一日

公開日: : 日々のこと

朝8時30分にお迎えの車が来ます。この車には特にデイケアの名前はついておりません。多分多くのデイケアの施設では自分の会社の名前が車に書かれているのが普通かも知れませんね。しかし私の通っているところは特にその名前は書いていない車です。時には白、黄色、紺色の軽自動車か、普通車での送り迎えです。私はどうして、車にデイケアの名前が入っていないのかな?と疑問に思ったので、スタッフの方に聞いたのです。すると、やはり利用者さんが自分のところにデイの車が来ているというのはあまり近所に知られたくないという理由だというのです。
あー、なんだかわかる気がしますが、しかし私は別になんとも思わないですが、そんな配慮があるそうです。つまり田舎なので、あまり周りの人に、デイケアに通っていることは知られたくないという気持ちなのでしょうか?つまり私の通っているところは小規模の施設なので、そのような配慮をしているのかも知れません。さて、私はそうでなく。堂々と、私はデイケアに通っているのです。近所に解っても良いと思うのですが?でも、これはこれでま、そんな考えの方がいるのかも知れないので、なんともいえません。ただ助かるのは私は週に3回の送り迎えをしてくれることがありがたいです。朝行き、9時から軽い準備体操をし、6種類の筋トレマシンがあり主に足の筋肉運動が主です。それを10分ごとに次々と変えるのです。私は今筋トレの中でも、エアロバイクが一番のお気に入りです。30分こぎます。そうして、目標を距離は7キロ、消費量は100にしたいとおもいながら漕ぎます。なかなかこの目標ができないときもあります。しかしこの頃は、隣の奥さんと一緒にバイクを漕ぐと目標に近づくのです。
彼女は2年前に心臓の手術をし、リハビリのためにここのデイケアでリハビリをしている70代の彼女です。
最初このデイケアにいらっしゃったとき、彼女は鬱状態でした。約2年前です。「私は鬱なんです。」と唐突に私に言うのです。私は私「あらそう、鬱?そうだったら、うんと、鬱になったほうが良いかも」なんて変なことを言ってしまいました。つまりそれは私の経験からのお話です。もし鬱だったら、本当にドン底まで鬱になると、そこで、私ってどんな人間?そこで自己分析をするチャンスなのではないかと思うのです。これは私の経験です。そうです。人生って楽しいですね。すべていろいろな経験をして人間じきに強くなるのかも知れません。彼女はご主人が亡くなりその後心臓の大手術、それは対象喪失です誰でも鬱になるかも知れません。私は彼女に、なんだか素人の考えを言ったのです。そのうち彼女は「私はお寺で修行をしたい」とか、いろいろ現実から離れようとしているようです。私は「本当の修行は今でないの?別に御寺に行かなくても、今生きている事が修行なのかもね」なんてまたデタラメなことを言ったりしてきたのです。この頃はデイケアに真面目に通って筋トレしにきてきます。そうしてエアロバイクの時は隣で、ラスト3分間を一緒に漕ぐのです。わたしは30分間漕いでおり、彼女はそれまで自分のペースでバイクを漕いでいるのですが、最後の3分を一緒に山を上るイメージでお互いバイクを漕ぐのです。私も、一人で、バイクを漕ぐより最後の3分間を一緒に頑張って漕ぐと私の記録が伸びるのです。この頃は彼女と一緒にバイクが漕げることが楽しみになり、彼女のデイケアの出席を楽しみにするようになりました。今まで彼女はデイの欠席が多かったのですが、この頃は「あなたが来るのを楽しみにしているのよ」私が言うようになったので、彼女もあまりぐちは言わなくなり前向きになって、お寺に入りたいと言う事もなく水曜日、金曜日を楽しみに、デイに通っています。それは私にとっても、嬉しいことです。やっぱり仲間がある事はありがたいです。私も、77歳でこの病気になり、毎日筋トレの日々です。しかし仲間がいることに日々ありがたく生かさせもらっているという感じです。有り難やです。

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  • 現在、朝比奈は左半身が不自由なので直接お産には関われません。夫が緑町診療所の1床で自然分娩をやっています。ここでは若い助産婦がお産をやっています。妊婦健診時には、朝比奈も若い助産婦と一緒に お話をさせてもらっています。実は半身不随になり、一度はお仕事を断念しようと思いました。おかげさまで生かされたので「まだ私のやらなくてはならないことがあるのでは」と思いなおしました。今のところ言葉には何の支障もありません。お仕事を少しでも違う形で続けられれば嬉しいと思っております。

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