50年ぶりのソウルにて
公開日: : 日々のこと
6月12日から16日まで初孫のトウルチヤンチ(1年のお誕生会)に参加する為私達5人家族はソウルにおりました。50年前に私はソウルに1年間滞在したことがあります。その時私は27歳頃です。当時の大統領は朴正煕でした。ソウル市内は地下鉄工事でごった返していました。そうして市民の生活は決して豊かではありません。そうして、軍事政権でなんとなく怖いと言う恐怖感がありました。
看護師の免許
私はそんなソウルで自分が何か母国のために役立つ仕事をしたいと小さな希望を持ってまずは韓国の看護師の資格を取ろうと看護師の国家免許を取ろうと国家試験にチャレンジしていました。おかげで、韓国の看護師の免許を取ることができました。
永住権破棄
ソウルの中規模の病院に就活したのですが、面接の時に院長から「この病院は半官、半民なので私が持っている日本の永住権を破棄して、就職してください」と言われたのです。「私はそれは不可能だと言って」その病院の就職を諦め、日本に戻りました。
助産師教員
国立公衆衛生院で1年間学び助産師学校の教師、7年間に従事、35歳で韓国人の夫と結婚し、40歳で畳の上で自然出産し、お産に対する考えが変わりました。当時お産をする場所は病院が一番と考えられ病院は安全安心だと、ほとんどの人が病院へ病院へと日本の女性達はなんの疑問も持たず病院でお産をしていました。
自然出産体験
私は1985年娘を自然出産してから私の考えが変わりました。なんの疑問を持たず、レールの上を乗っていた自分は自然のお産をしてから、自分の人生をレールの上から降りることがしたいと言う考えになりました。
自然なお産は私に考え方も、変えてくれました。まるで目から鱗です。本当のお産は自然のお産である。自然のお産を体験した女性は真理を見ることができたので、何が正しいか感じることができると思います。つまり母として素晴らしい強さを持つことができると思います。
私が40歳で産んだ娘も40歳で赤ちゃんに恵まれ、今ルーツであるソウルに来て一年のお誕生会を親族を交えて祝うことの幸せを感じています。
ソウルのインフラ
あの工事中のソウルの街はきれいに整理され大都会です。先進国の大都会のようです。しかし私は車椅子で訪問しました。残念ながら私のように身体障害者にとってソウルの道路の整備はもうひとつてす。特にソウルの裏道に行くとゴツゴツで大変です。
日本もまだまだ道路の整備は遅れています。車椅子で外に出ている方が少ないのは道路の段差が多いこと、特に歩道と、車道と段差があるところがたくさんあります。また信号待ちにしても、障害者や高齢者が横断歩道をわたるとき時間が短いと思います。
しかしJRの方が大変協力的に車椅子を優先に支援してくれているのをこの頃JRのお出かけネットに連絡してJRのを利用すると、ちゃんとJRの方が車椅子のサポートをしてくれています。それが大変ありがたいです。
私は82歳産婆です。あとまた数年後ソウルを訪れたいです。その時は少し今よりバリアフリーの考えが、色々なところに影響されていると嬉しいです。日本もまだバリアフリーの考えが遅れているのはハードよりもソフトの面が遅れていると思います。
つまり韓国ではハードもまだ遅れていますが、例えば私がタクシーで止まったところは段差があってホテルへ行けません。その時ドライバーの方はそこに立っていた男性に声をかけ、私の車椅子をふたりの男性が持ち上げて、段差を乗り越えてくれました。これは感動です。私は日本でこのように男性が知らない方同士、協力して、段差を乗り越えてもらったことはありません。それは日本人の心にはなんとなく他人が困っていても、無関心の心の方が多いのではないでしょうか?
韓国はハードのバリアフリーをお願いしたいところですが、日本はソフトの面のバリアフリーを教育の場で考えていくことが大切ではないかと、感じました。
カナダ旅行の時、私が車椅子でエレベーターやトイレホテルの出口で、何回も、「何かお手伝いありませんか?」と見も知らぬ方からその言葉を聞きました。
さて日本ではそのような光景を見ることがいつ頃でしょうか?それは日本人が内気だからでしょうか?
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