50年ぶりの助産師学生

公開日: : 日々のこと

2025年10月9日
今日は私が50年前に教えた助産師学校の卒業生8名遠方から集まり滋賀県近江八幡のホテルでお昼を食べながら楽しいひと時を過ごしました。
後ろを振り向いたら五十年何と「光陰矢の如し」です。教え子は8名集まってくれました。一番遠い方は北海道の方です。後は東京、埼玉、横浜、静岡、と全国から集まってきてくれました。彼女ら早くも70歳代です、私とそんなに年齢が離れていません。もう高齢者になっておりました。しかし学生の顔はみんな記憶にあり、お名前を聞くと、学生時代のお顔がすぐわかります。本当に良くいらっしゃいました。私は当時32歳ぐらいです。たった一年間の学生時代でしたが、大変楽しく私の人生では油に乗っている時代でした。学生はたった一年間に産科学の理論と実践を学びます。実践はお産を10例以上介助してその他に何症例研究一例です。それは1人の妊婦さんを妊娠の初期から受け持ち、その妊婦さんのお産を学生が介助をするのです。その方のお産結果を学生の前で発表するのです。
学校は東京新宿中落合です。閑静な住宅街の小さな学校です。都内の学生1人以外他17名は皆寄宿舎です。大変小さい学校でしたが、一年間忙しい時を過ごしたと思います。私がちょうど、若くして、助産師学校の教務主任になったのです。はっきり言って、32歳くらいで教務主任になるのは一般の日本ではあり得ないでしょう。ここは、フランス系修道院が設立した学校です。他に看護短大が併設されています。私はその看護短大を卒業し、臨床経験を6年半して、母親と韓国に行き少し韓国の病院で働き帰ってきて、目黒の国立公衆衛生院で一年間学び助産師学校の教員にわずか30歳でなりました。そうして、元助産師学校の教務主任のシスターが、私に「私は今度修道院長になるのでその後釜としてあなたが助産師学校の教務主任になって欲しい」と言うのです。「私は助産婦教育の経験も少ないのに急に教務主任になるとそれは無理です」と答えました。
シスターは「あなたは国立公衆衛生院を卒業しているので主任になれます」と言うのです。こんなことは一般の日本の学校であれば考えられないことかもしれません。私は教務主任になると、責任だけは重く、仕事の内容は面白くありません。そこで私は条件として、「二年間教務主任になりますが、その後また専任教員にさせて欲しい」と条件を出したのです。専任教員の方が学生達と実習できるのでお仕事は楽しいのです。するとシスターは難なくその条件を受けてくれました。
今回お会いした、学生は私が教務主任の時の学生だったようです。不思議なものですね。やっぱり教務主任になると、学生の全般に気を使います。専任教員でしたら、実習について行きその実習だけを指導すると良いのです。しかし教務主任になると、学生の日々の生活態度まで気をつけなければいけません。私はあんまり学生にとやかく言うのは好きでありません。しかし1人だけ、いつも毎日外泊をして朝学校を遅れてくる方にどうしても彼女とお話をしなければならなくなりました。そうして私は彼女と面談をして「あなたは毎朝遅れて来ますね。あなたのクラスメートは毎朝お教室のお掃除をしているのにそのお掃除をしたことがありませんね。それで良いと思いますか?」と一回だけ彼女と涙ながらお話ししました。それは確か卒業式の前の日にお話ししたと思います。その学生はその後どうなっているか一番お会いしたかったです。そうして50年が過ぎました。彼女は毎年年賀状をくれました。今回集まった学生の中で一番光っていると感じました。70歳になっても、助産師として「赤ちゃん相談」をしていることを聞きました。本当に素晴らしいです。彼女の成長が見れました。お互い高齢になってもお仕事を持って学んている姿が嬉しいです。

私は卒業生の方に開口一番「皆さんに本当の助産師のお仕事を教えなかったことを許してください」と言いました。私は50年前学生時代には病院のお産しか学びませんでしたね」助産師の本当のお産は、先輩の産婆がやって来たお産であることを教えていなかったことを詫びました。私も50年経ちやっと、助産師の本当のお産は自然なお産であることに気がついたのです。私は50年前の卒業生に私のお仕事についてお詫びができたのが、私として本当に良かったです。来年は宮古島への再会を約束して別れました。来年は83歳になります。長生きをして、皆さんの成長を楽しみたいです。

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    今のところ、やっと杖を使って歩行しておりますが、まだまだ杖なしでは歩行できておりません。左半身もまだうまく活用できておりません。

    デイケアに通い、歩行練習などの訓練をしております。脳卒中のリハビリはすぐには回復しません。ゆっくりでも、決してあきらめずリハビリを続けることが大切だと思っております。

    時々お話を書いたりしています。また、妊婦さん達と楽しく過ごしております。

    皆様に何か相談したいことがありましたら、なんでも結構ですのでメールください。2026年3月

    朝比奈助産婦
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