助産師 朝比奈ドキュメンタリー33

公開日: : 日々のこと

【76歳にして2回目の脳内出血をした助産師 朝比奈のドキュメンタリー33】

ここリハビリ病院ではコロナウイルスが出てから、家族との面会はガラス越しに洗濯物を渡す事が続いています。その時ガラス越しに家族の顔が見えます。お互い元気な家族に会うことにより、患者は日々のリハビリでめげそうになりやすい心を癒しています。どれだけ家族の力が大きいか言うまでも有りません。ところがこの5月からはガラス張りでなく、家族が洗濯物を運んでくるのは、病院の入り口で病院の職員に渡す方式に変わりそうです。そうすると今まで9階のリハビリ病棟のガラス越しで家族に合っていたのが無理になります。こんな状況は、まるで留置場のようなかんじです。今そこここで コロナが大変蔓延しており、病院の苦肉の策なのかも知れせん。しかしこれは根本的な解決策なのか、他に方法は無いのか?ここに働いている職員の コロナの罹患のチェックは如何か?知らぬが仏でいると あとで大きなことになるのでは?と危惧しますがどうでしょかうか?

ここの病院だけでなく、日本の多くの患者がまるで留置場の様な病院で家族と会うこともなく、孤独に戦っていないでしょうか?
それでも、コロナが怖いです。根本策を立て、早く終息に向かう事を祈るのみです。

食堂で私の前に座る84歳の女性はここの病院に来て2週間、彼女顔が冴えません。
少し鬱に陥っているのかしら?食欲もあまり無い様です。ちょっと心配です。ところが2.3日前、90歳の主人と50代の息子さんが洗濯物を持ってきた機会に、彼女は入院して初めてご家族にお会いになったのです。すると彼女の顔色は良くなり 食欲も良くなっていくのがわかり、顔もにこやかになっていくのが分かりました。数分のガラス越しの家族との面会がどんな心に力を入れてくれるか それを理解してほしいです。患者は毎日真剣に病と戦っている事を理解してほしいです。

>>助産師 朝比奈ドキュメンタリー01から読む

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  • 現在、朝比奈は左半身が不自由なので直接お産には関われません。夫が緑町診療所の1床で自然分娩をやっています。ここでは若い助産婦がお産をやっています。妊婦健診時には、朝比奈も若い助産婦と一緒に お話をさせてもらっています。実は半身不随になり、一度はお仕事を断念しようと思いました。おかげさまで生かされたので「まだ私のやらなくてはならないことがあるのでは」と思いなおしました。今のところ言葉には何の支障もありません。お仕事を少しでも違う形で続けられれば嬉しいと思っております。

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