2023ふりかえり

公開日: : 日々のこと

2023年はコロナが5類になり少し外出もできる様になり,私は新幹線に3回も乗りました。1回目は3月です。娘の結婚の会食を東京ステーションホテルで開きました。まさか車椅子で新幹線に乗るとは考えもできませんでした。それがまるで奇跡の様です。親戚が全部で11名集まってくれたのです。その時のフランス料理は私にとって素晴らしく美味しかったです。そうして、東京ステーションホテルで一泊。素晴らしいホテルです。私は高校を卒業してその後看護短大学、助産婦学校とまた病院勤務助産師として東京に住んでおりましたのは40歳までです。東京駅の利用はJRの鉄道を利用するだけでした。東京駅を新幹線を車椅子で利用したことはありましたが、ホテルを今まで考えもせず また注目しておりませんでした。しかし東京駅は関東大震災でも破壊さずに残った建物なのです。私は東京駅ステーションホテルに泊まり、そのことを知りました。私は今まで結構海外に行き、素晴らしいホテルに泊まった事がありますが、東京ステーションホテルは海外の有名ホテルと同じぐらい素晴らしいと思いました。また私の少ない経験ですが、日本で一番ぐらい素晴らしいホテルだと思いました。あのホテルを利用して、松本清張や川端康成が文筆活動に利用したことを知り本当に物を書きたくなる雰囲気を感じました。これは私としては最高の賛辞です。
まさに海外旅行をして、外国のホテルに泊まった感じがしたくらいです。それは娘の結婚の祝いがあったからかもしれません。
私このブログに何回か書いたかもしれませんが、滋賀県から東京駅まで車椅子を利用できるのがこんなに簡単なのはやってみないとわからないです。つまりJRの方々のサービスは大変素晴らしいです。車椅子をサポートしてくれて、本当になんの不安も不便もなく利用できたことを多くの人に知ってもらいたいです。私は最初の新幹線の利用がスムーズにできたのを自信を持つ事ができ,次はカナダ旅行に行くことにしました。これも私としては素晴らしいチャレンジです。カナディアンロッキーまで旅を家族でできたのですからこれまた一生の思い出でした。そうして、3度目の新幹線は国内の高齢の姉と兄を見舞う事でした。姉は95歳で老人ホームに入所しています。今までに姉にあったのは、私が脳卒中を発症する前です。5年前です。そうしてコロナがあり姉に会っていませんでした。私はカナダから帰ってきて、どうしても姉や長兄に会いたいと思いました。なんでも「思い立ったら吉日」私はまた滋賀県から新幹線で東京へ行くことにしました。夫と共に、夫は韓国旅行に1週間、私は東京の娘の自宅に1週間滞在。11月23日姉の老人ホームに、甥の車で連れて行ってもらいました。
 5年ぶりの姉に会う事ができました。彼女はあんまり私の事を理解できていません。しかし私は彼女に会えて大変嬉しかったです。11月24日には栃木県の長兄に会いに行き昼食を親戚で取り日帰りで帰ってきました。九十歳の長兄はパーキンソンを発症している様で、杖もなく歩く事ができているにはびっくりです。私は自分が思い立ったことを直ぐに行動できた事が大変ありがたと思いました。私が思い立っても、すぐに実行する事ができません。周りの人たちの手助けがないと動きが取れません。しかし、なんでもやりたい事があったら行動ですね。
そんな姉も、私と会ってから1ヶ月もしないで12月17日、病院に入院して1日で他界したと甥が言っていました。本当に姉に会えてよかったと今も思っています。お姉さんありがとう。「ご冥福をお祈りします。」

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  • 現在、朝比奈は左半身が不自由なので直接お産には関われません。夫が緑町診療所の1床で自然分娩をやっています。ここでは若い助産婦がお産をやっています。妊婦健診時には、朝比奈も若い助産婦と一緒に お話をさせてもらっています。実は半身不随になり、一度はお仕事を断念しようと思いました。おかげさまで生かされたので「まだ私のやらなくてはならないことがあるのでは」と思いなおしました。今のところ言葉には何の支障もありません。お仕事を少しでも違う形で続けられれば嬉しいと思っております。

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