80代の素晴らしい友人達

公開日: : 日々のこと

 私は今年81歳になります。元産婆(助産師〕です。4年前の時に脳卒中を発症し現在まだまだ半身不随で杖遠ついて歩行していますが、デイケアには週3回軽い筋トレに通っています。私の趣味はものを書くことです。私は脳卒中になり日々の入院中のことをブログに書き、それを電子書籍に出版しその後、やっぱり母のことを書きたいと思い「オモニへの讃歌」を電子書籍、また紙の書籍にして自費出版しました。今、ときどき、感じたことをもちろんブログにも書きますが、短いエッセイを書いたりしています。私には数人の80代の親しい友人がいます。ここでその友人をご紹介しましょう。
 一人は開業助産師のSさんです。まだ細々と開業していますが、だんだん本業の方は若い助産師に任せているようで、現在彼女は放送大学に通い心理学を学んでいらっしやるとのこと。私は彼女に時々電話をして雑談をします。そこで放送大学で、間近に試験があり頑張っているとのことです。そうして、彼女は学ぶことが大好きで楽しくて楽しくてと、その声も大変幸せそうです。素晴らしいです。私は彼女の幸せそうな声を聞きながら,私も、自分のことを言うのです。私も本を読むのがとっても幸せだと。こんなことを言いながら、お互いに刺激し合っているのですね。どんな年齢になっても学ぶ事が好きなのですね。
 次に高校時代の友人Mさんです。彼女は少し身体が不自由で家で車椅子を使っているようです。昔彼女の自宅に伺った時、彼女が本当に不自由そうに体を動かしているのにはびっくりしました。私はその当時はまだ身体障害がなかったのです。今私は時々彼女に電話をして雑談をします。彼女は大変な読書家であることがわかり、ときどきどんな本を読んでいる?と聞いたり,どんな本がよかった?と聞いたりして、読書の先生みたいです。私が身体障害になって、より彼女との距離が近くなったような感じで大変楽しく電話をしています。
 次にもう一人ご紹介します。彼女の名前はNさんです。長く栄養士をやっていたのですが、栄養士からケアマネに移り、そのお仕事も長くやっていたようでした。数年前に辞め、今は高齢にも関わらずまたカウンセラーの道を進んでいます。私は彼女とは高校の時から親しく、私が東京のカトリック系の病院で助産師をしていましたら彼女は田舎から、私の勤めている病院に栄養士として働きにきたのです。そうして一緒にアパートで1年ばかり生活を共にしましたが、彼女はその後結婚し、私はお仕事を大学病院に変え、その後彼女との交流はなかったのです。私は77歳で脳卒中になった時、昔の彼女を思い出し彼女がケアマネをしていたことがあることに気がつき彼女に私の悩みをよくお話ししました。それも入院している病院からです。やっぱりなんか大病になった時、真剣に悩みを聞いてくれる人がいてくれ私は大変助かりました。今では私の色々のことをお話ししていますし、またお互い考え方もよくわかるので色々のことなど結構お話に花が咲きます。彼女と社会の問題、人生観など電話でお互い話していると気づくことが沢山あり、大変有益です。
 80代になっても真剣に人生を過ごしている友人がいてありがたいです。人生100歳までと言いますが、やはり心置きなく雑談できる友人がいることは大変嬉しいです。またどうしても高齢になると話す事が少なくなるので、電話等でお話ししながら認知症予防になるかもしれません。お互いに楽しく人生を学び語り合う事ができる友人に感謝です。

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  • 現在、朝比奈は左半身が不自由なので直接お産には関われません。夫が緑町診療所の1床で自然分娩をやっています。ここでは若い助産婦がお産をやっています。妊婦健診時には、朝比奈も若い助産婦と一緒に お話をさせてもらっています。実は半身不随になり、一度はお仕事を断念しようと思いました。おかげさまで生かされたので「まだ私のやらなくてはならないことがあるのでは」と思いなおしました。今のところ言葉には何の支障もありません。お仕事を少しでも違う形で続けられれば嬉しいと思っております。

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