第9話 父の故郷での奇跡

公開日: : 日々のこと

父の実家へ向かう途中、私は半世紀前のことを思い出していました。
あの時、母と一緒に、母の実家から大きなオートバイに乗って、山を越えて父の田舎へ行ったことです。運転手の方のお腹に、必死で腕を回し、母は私のお腹に腕を回していました。とにかく必死で、私は目を瞑ってオートバイに乗っていたので、どんなに山が険しかったのか、周りを見る余裕などありませんでした。

しかし今回あらためて車で向かってみて、父の田舎はこんなにも山深い所だったのだと、初めて分かりました。
その当時、私は一度、父の一番上の兄の家に泊まっています。周りにはそんなに家もなく、田園風景がとても素敵だった記憶があります。

けれども今回は、以前より家が立ち並び、昔のような田園風景はあまり見えませんでした。

車はナビ通り、少し小高い道へと入っていきました。
しかし、だんだん道が狭くなってきています。先へ行っても、もう道がなさそうです。

Rさんは車を降りて、車が脱輪しないかどうか、確認を始めました。

その時、畑で一人の老人が農作業をしているのが見えました。
私はなんとなく、あの人に聞いたら、何かわかるのではないか、そう直感しました。

すると夫が車から降りて、その農作業をしている老人のところへ近寄り、私の父の名前を言って話しかけているようでした。

すると、どうでしょう。
その方は、父と同じ苗字の「羅」氏だったのです。

韓国風に言えば、父のお祖父が兄弟で、遠い親戚にあたるそうで、韓国では「六寸」という関係になると教えてもらいました。
畑の端には、墓跡のようなものがあり、そこにはちゃんと男の子の従兄弟の名前が書いてありました。

まさに、奇跡と言える出来事でした。

私は、母の実家には行けたのに、もし父の実家に行くことができなかったら、きっと後悔するだろうと思っていました。それが、こうしてちゃんと、父の実家に来ることができたのです。

私は車から降り、車椅子でその老人の近くへ行きました。
そして、握手をして挨拶をしました。

その瞬間、自然と涙が出てきました。
私の信念があったから、ここまで来ることができたのだと、そう思いました。

父の実家は山間にあり、土地もあまりなく、その土地も痩せています。
こんな環境の中から、父は日本へ渡ってきたのですね。

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    今のところ、やっと杖を使って歩行しておりますが、まだまだ杖なしでは歩行できておりません。左半身もまだうまく活用できておりません。

    デイケアに通い、歩行練習などの訓練をしております。脳卒中のリハビリはすぐには回復しません。ゆっくりでも、決してあきらめずリハビリを続けることが大切だと思っております。

    時々お話を書いたりしています。また、妊婦さん達と楽しく過ごしております。

    皆様に何か相談したいことがありましたら、なんでも結構ですのでメールください。2026年3月

    朝比奈助産婦
    josanpu☆gmail.com (←☆を@にかえてください)

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