43歳で自然分娩

公開日: : 自然なお産

2年くらいまえでしょうか。栗東のサキラという所で、お産を語ろうという

イベントがあり、私が参加しました。そこで、自然のお産についてお話を

しました。そこでは自然出産を体験したお母さん方やこれから妊娠したい

方々が集まり皆で色々とお話して短い時間でしたが、楽しかったです。

そこに40歳以上の女性が参加しており、実は結婚したばかりだが、

これから妊娠したいのだが、という意見を言ってくれた方がおりました。

その時、私は妊娠するにはやはり今迄の自分と違う自分をつくる事が

大切だと思う。それはいつもあくせくした時間を過ごすのではなく、できる

だけ自然の流れを意識して日々の生活を考えましょう。それから出来れば

自然を意識して土に触る、つまりお花や、野菜などを作ると良いのでは

ないかしら?といつも私が思った事を言いました。

そうして数ヶ月してから、なんと私は彼女から電話ありました。

なんと彼女が自然妊娠をしてつわりで大変苦しんでいるというのです。

本当に驚きました。彼女のお話だとご主人は自然な野菜を作っている方

で彼女は妊娠前にご主人のお仕事を少し手伝っていたようです。

私はびっくりしました。あのイベントの時に彼女の意気込みは本当だったのです。

そうして立派に自然妊娠をしたのです。

 

そうして平成29年3月28日に彼女は43歳で立派に赤ちゃんを自然に分娩しました。

実は高齢と聞くと、多くの病院は帝王切開が待っております。そうして自然分娩

をするのはハイリスクで助産院ではガイドラインに逸脱することです。

実は私も40歳の高齢の初産でお産をしました。その時担当してくれたY医師は

私の出産に帝王切開と言う言葉はありませんでした。そうして妊娠期に日々2時間

以上の散歩、それから出産直前の約1ヶ月を薪割りに頑張りました。そうして畳の

上で出産する事が出来たのです。

自分の経験から私の所にいらっしゃる妊婦さんは高齢の方が多いです。はっきり

言って介助する助産婦としては本当に大変です。しかし私の経験から私のY医師に

助けてもらったのだと思うと高齢の妊婦さんが来てもノーと言えません。そうして

そのような妊婦さんは自分のお産に真剣に挑んでいるのが分かります。

本当に素晴らしい事です。

この方も実際、微弱陣痛でお産の時間は33時間かかりました。最後の方はだいたい

5分くらいの間隔で陣痛が来ておりました。しかし私の所は陣痛促進剤は使いません

陣痛に来るのを待つだけです。私はその時思いました。つまり微弱陣痛はちゃんと

彼女の身体を知っていて、くるのだとつまり彼女は長い陣痛に疲労困憊でした。

そんな時には強い陣痛は来ません、体力が持たないのです。ですから、私たち

助産師はただ待つだけです。そうして本当にゆっくりと赤ちゃんはうまれて来ました。

自然は素晴らしいです。本当に感謝しかありません。最後に妊婦さんのガッツしか

無いのです。彼女はどんな事でも病院に行くというチョイスは無かったようです。

本当にご苦労様でした。

実は彼女を2人の助産師でお世話をしていたのですが、2人の助産師の疲労困憊

になり一人仲間の助産師を呼びました。そうして2人の助産師は少し寝る事が出来たのです。

 

そうして数時間後に2人の助産婦も元気を取り戻しまた彼女のお産の向う事ができました。

時間は長くても決して苦しいお産ではありませんでした。あるいは楽しいお産だったと思います。

本当にご苦労様でした。ご主人も長いお産を付き合い、ご苦労様でした。これからが大変です。

しかし厳しい関門を通過した事が大きな勇気と希望となるでしょう。おめでとうございます。

 

ご主人からの素敵なお手紙をここに書かせていただきます。

 

Mの出産、産後を助けていただいたスタッフのみなさんへ

私は正直パートナーのMが妊娠するとは思っていませんでした。八日市にとっても素晴らしい助産院があるということは自然に耳に入ってきていました。ひょんなことから地域の冊子に「ゆたかマンの農園」を取り上げていただき何と同時に助産婦のAさんが取り上げられていてびっくり!?不思議な縁を感じちょうどMが赤ちゃんできなくてとても悩み落ち込んでいて助産師さんに相談したら[女になりなさい」と言われたと聞きました。その頃パートと定期的にヨガを教えていて[男の脳」になっていたと、そしてパートとヨガを辞めそれに伴うストレスなども手放したお陰かその後すぐにうそのように妊娠して本当にびっくりしました。

それからすぐにつわりがきて食べることもできず元々小さいのにさらにやせて見てるのも辛いぐらい痛々しい状態で気分もふさぎがちになり限界に達したときに初めて助産師さんに助けを求め助産師さんの言葉を聞いてからだはやつれたけど、目に光が戻ってとてもホッとしました。

またお産を迎え私が立会うことを当然のように受け入れていただき、Mがどのように赤ちゃんを産むのかを実際にそばで見させて触れさせて感じさせていただいて人生観が変わりました。出産を迎えたMがどんなに不安なのか陣痛でいきんでるとき「上手、上手!すっごっく上手よ!!」ずっと痛がる腰を何時間もマッサージしてくださり険しい顔つきのMに「ほらそんなカタい顔しちゃダメよ!!もっとバカになりなさい!!笑って笑って!!」そんな愛にあふれる言葉がMの気持ちを奮いたたせ不安を忘れてしまうくらい緊張がほぐれて「ああこの助産婦さんたちがいれば絶対大丈夫や!」と大きな安心感に満たされました。

私の周りでも不妊に悩んでウン万もかけて治療している方もいます。43歳にして自然出産したMの経験が不妊や高齢出産に悩む方たちに少しでも希望を与えられたらそんなにうれしいことはありません。

また産んだら産だで今度は泣きやまないあかちゃんに泣かされる日々が待っています。コミュニケーションがとれない相手の気持ちが分からない、、、。まるで野菜づくり!!いつも野菜と会話ができたらどんなに楽しいやら〜と思いますが分からなくても話かけてみてやさしい気持ちで鼻歌でも歌いながら「鼻歌は怒りながらうたえないのよ」なんて何気なくポンポン出てくる名言がとても心に響きます。ここ助産院で出産に立会えたことが一生の宝になりました。Mの出産、産後を助けていただきた助産婦さん達またおいしいごはんを作って下さったスタッフの皆さんまた嘱託医のR先生ほんまにありがとうございます!!野菜が沢山できたらぐるりの家に持っていきます!!

「麻痺は治る」著者 堀尾憲市先生のこと

私は4年前に脳卒中を発症しました。そうして6ヶ月の病院の入院生活を終

95歳のお産は産婆だった

今日デイケアで隣に静かに筋トレしている高齢の方に声をかけました。「失

婦人公論に掲載されました

皆さまお元気ですか?今日はとって嬉しいことがありました。 夫が「中央

新デイケアの体験見学

私が今通っているデイケアはもう3年近くなります。ちょっと一日中のデイ

初めての一人生活

私は脳卒中を発症して4年になります。発症した時は左半身不随で、まさか

  • 現在、朝比奈は左半身が不自由なので直接お産には関われません。夫が緑町診療所の1床で自然分娩をやっています。ここでは若い助産婦がお産をやっています。妊婦健診時には、朝比奈も若い助産婦と一緒に お話をさせてもらっています。実は半身不随になり、一度はお仕事を断念しようと思いました。おかげさまで生かされたので「まだ私のやらなくてはならないことがあるのでは」と思いなおしました。今のところ言葉には何の支障もありません。お仕事を少しでも違う形で続けられれば嬉しいと思っております。

PAGE TOP ↑