新しい挑戦

公開日: : 日々のこと

火曜日です。デイケアがありません。お天気も良いので、私は夫と一緒に朝9時に太郎坊登りに行きました。だいたいお天気の時はデイケアがあっても、お昼を食べて、一服してから夫と太郎坊の階段登りに行くのです。しかし、火曜日はデイケアがお休みなので、ひさしぶりに朝から階段登りです。そう言えば前に、朝階段を登ろうとしたら、後ろから私の名前を呼ぶ方がおりました。私は誰かしらと、振り向きました。まぁー懐かしい、彼女は私が2人の自宅出産をお手伝いした、若いお母さんでした。お子さんを保育園に預けた後、ちょうど時間があるので、太郎坊を登っているのです。私は大変懐かしく思い数分楽しい雑談をして、別れました。彼女は自分のお産のために、何回も、妊娠中太郎坊に登っていたので、その後2人の子育てをしながら、少し時間がある時に毎日時間を決めて、太郎坊に登っているようです。
そうです。私も、妊娠中に毎日毎日、散歩したり山登りをしていたので、その後の人生、健康のためによく歩いたりしていました。私が脳卒中になる前も、毎朝6時に太郎坊登りを10年間続けていたのです。そうしても、残念ながら脳卒中になってしまいました。しかしそれはそれ。全てを受け入れ、リハビリ開始です。自分で長い間山登りをして来たので私の足には貯筋があったかもしれません。ですから同じ年齢の方と比べれば少しは筋力が強いかもしれません。
さて今日の本題にいきましょう。ウィークデーなので朝一番に若いお母さんにお会いしましたが、その他階段に登る人はまばらで数人しかお会いしませでした。
大変に気持ちが良かったです。
そうして軽々参集殿まで登って、一休みして水分補給をして、今度は自動車道路をを見ながら、夫に「今日はこの自動車道路を降りて行こうか?」となんとなくお話ししたのです。初めてのチャレンジです。どうした訳か、自動車道路を杖を持って、歩いていけそうだと感じたのです。階段は何回も登っていましたが、坂を降りることはしたことがありません。
そうして、ゆっくり、ゆっくり、杖をつきながら歩き始めました。どうにか中腹まで降りて来ました。時には杖を夫に預け、私は彼の肩を後ろから左右持ちながら歩調を合わせて、左、右と道を下る時もありました。ちょうど半分くらいまで降りて来たでしょうか。夫の肩に手を当てていたのが、バランスを失い左足が宙を舞い、すってんころり転倒しました。場所は、草が生えていた少し広いコーナーでした。左手の人差し指の付け根に小さな擦過傷。倒れると、今度はなかなか起き上がれません。しかし夫の「ハイ立って」の掛け声で右足、左足に力を入れ、お風呂の時、湯槽で立ち上がるのをイメージして、やっとの事立ち上がり、今度はまた杖をつきながら一歩一歩、歩き出しました。急な坂をようやく過ぎて、川の橋のところまで来れました。そこで夫の車を待ちました。
新しいチャレンジ、ちょっとの切り傷でしたがどうにか時間かけて、下りることができました。凄い、凄い。坂を下りることができた。転倒したけどこれからはもっと注意して下りよう。なんだか、私の心は自信が沸々と湧いて来ました。ありがたい、もちろん自分のチャレンジ精神も、凄いが、それを支えてくれた夫にも感謝です。
またのチャレンジが待っています。
自宅に到着したのが丁度お昼でした。
帰ってきてお昼を食べ少しお昼寝。
なんと、充実した時を過ごしたか。

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  • 現在、朝比奈は左半身が不自由なので直接お産には関われません。夫が緑町診療所の1床で自然分娩をやっています。ここでは若い助産婦がお産をやっています。妊婦健診時には、朝比奈も若い助産婦と一緒に お話をさせてもらっています。実は半身不随になり、一度はお仕事を断念しようと思いました。おかげさまで生かされたので「まだ私のやらなくてはならないことがあるのでは」と思いなおしました。今のところ言葉には何の支障もありません。お仕事を少しでも違う形で続けられれば嬉しいと思っております。

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