自然のお産は女を強くする

公開日: : 日々のこと

今日は6月17日です。お産子で助産師主催のお産塾がありました。私はたまたま娘が東京から帰ってきていたので彼女の運転でお産塾に参加しました。そうして、美味しいカレーをご馳走になり隣に座っている女性がまさかの17年前くらいに私がお産のサポートをしたSとは知らずに私の隣のテーブルにすわっている彼女に恐る恐る「あのーSさんですか?」とうかがいました。
彼女は「はいそうです」はっきりと答えるのです。「まあびっくりSさんと紹介したらすぐに理解するのにと、Nさんと苗字で紹介したので、まさかあなただと理解できなかった!私はびっくりして「なあーんだSさんですか?」の大声上げました。」
「随分若くきれいな方、妊婦さんかしら?とちょっと思ったのです」と私が言います。
彼女はもうアラ5だそうです。今日のお産体験談の招請を受けた一人だそうです。そうして昔のVBAC(帝王切開後に経腟分娩)の事のお話しに花が咲きました。そうして,私は今日のお産塾に参加できたことを嬉しく思いました。私と彼女との最初接点は彼女の妹さんが私の家に自然なお産をしたいと言うので同伴した時から始まります。彼女は最初の赤ちゃんを帝王切開で産んでいます。当時自分は医療的に赤ちゃんを産んだことになんの負い目も持たず,私の所に来た時、バリバリのキャリアウーマンでした。私は彼女に話しかけようとしても跳ね返えさせられそうなのでちよっと,距離を置いたのです。
 数年してから,私のところに二回目の妊娠をしたと言って訪ねてきたのです。その時の顔は前のキャリアウーマンから少し変化していることに気がつきました。少し彼女の心の中には心境の変化があった様です。それは今日の彼女のお産体験談でわかりました。

彼女は帝王切開で生んだ赤ちゃんを完璧に育てようと、朝6時から保育園に母乳の冷凍と布おむつを持って行き、夜8時頃に迎えに行く毎日を過ごしていくうちにある日、自分が保育園に通うときに後ろの席で、自分の頭を自分の手で叩いている子供をバックミラーで見た時、びっくりし、彼女は子供の異変を感じ出たそうです。
今まで仕事と子育てを完璧にしっかり頑張ろうと子供のペースで無く自分のペースで頑張って来たのに、あまりにも子供のペースを考えず,自分のペースで今まで生活して来て、どこかにおかしい所があるのだろうと直感したそうで、その日から自分は仕事を辞めて、子供と向き合うことに切り替え、その後数年して妊娠しだそうです。
 そうして今度は帝王切開で無く、自然に出産したいと私のところに尋ねてきました。一度帝王切開した人が次に経腟分娩することを「VBAC」と英語で言います。つまり一回お腹を切開している人が自然分娩することはなかなかリスクを伴うので、簡単に産科医が承諾する人が少ないです。私は何度か岡崎市の吉村医師はVBACをしていたことは知っていました。しかし彼女は自分で色々産科医を訪ね、近くのある産科医が「VBAC」をしてくれると承諾を得たのでその診療所に通うことになりました。
所がそこにいる助産師が自分が働いている医師はまだ開業したてでまさか難しい
VBACを受ける事にびっくりして妊婦さんの彼女に劣悪なパワハラとして「あんたはうちの病院を潰すか?」といった暴言を吐いたりして彼女を脅かしたりしました。しかし彼女はそれもめげず毎日毎日体力をつけるため,太郎坊宮の階段を登りました。そうして,本当にお腹の赤ちゃんはVBACを望んでいるか否か伺いながら山登りをしていたそうです。
 お産は命懸けです。もちろんリスクの高いVBACはもっと大変です。しかし彼女は頑張りました。しかし出産時出血多量でしたが自己血をキープしていたのでそれも良かったです。
本当におめでとうよく頑張りました。これぞ「産み方は生き方ですね。」
その後、彼女は「0歳児からのフリースクール」を主宰しています。

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  • 現在、朝比奈は左半身が不自由なので直接お産には関われません。夫が緑町診療所の1床で自然分娩をやっています。ここでは若い助産婦がお産をやっています。妊婦健診時には、朝比奈も若い助産婦と一緒に お話をさせてもらっています。実は半身不随になり、一度はお仕事を断念しようと思いました。おかげさまで生かされたので「まだ私のやらなくてはならないことがあるのでは」と思いなおしました。今のところ言葉には何の支障もありません。お仕事を少しでも違う形で続けられれば嬉しいと思っております。

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