栃木県の兄を見舞う

公開日: : 日々のこと

11月24日今日も晴天です。朝、9時16分娘の家のある武蔵境を出発して関越道に乗り、東松山で高速を降りて下の道で熊谷、太田と経由して足利市です。2時間40分くらいで到着しました。長旅です二番目の姉の二番目の息子の「甥っ子」の車で娘夫婦と一緒に栃木県の二人の兄を見舞う日です。一人は90歳です。パーキンソンを発症していますが、自分で歩けており、認知症の症状は見えません。またパーキンソンのお薬を飲んでいるからか、特に大変な症状は見えません。杖なしで自分で歩いています。皆んながお話ししている内容をうなずきながら聞いていました。90歳という年齢です。年相応だと思いました。その様子を見て、私はちょつと一安心しました。
 長男のお嫁さんがランチを近くのレストランに予約してくれたので、親戚8人で集まり、美味しく楽しくいただきました。
実は3月に娘の結婚の食事会を東京のホテルで開いたのですが、その時長男は高齢でもあり、お嫁さんはちょっと病弱でもあってその食事会には欠席でした。また私の亡弟の息子「甥っ子」も仕事で東京の食事会を欠席したので、今回初めて、娘の旦那さんを紹介する機会になりありがたかったです。

娘の旦那さんはアメリカ出身で少し日本語を話しますが、まだまだです。しかし私の一番下の弟が、結構英語を話すので弟と楽しそうにお話ししていたのでよかったなあと私も思いました。弟にとっても大変英語の練習になったかもしれません。

次に私より2歳上の兄に会いたいです。しかし東京へUターンなので時間をかけたくないです。また彼の家の玄関は階段が続くので、私には家の中に入るまで時間がかかりそうなので、申し訳ないけど兄に玄関先で挨拶だけて失礼したいと奥さんにメールしておきました。実は兄は少し認知が始まっていて、デイケアに行っているようです。兄の奥さんと一緒に玄関先で私たちを持っていました。「あんた誰?なんで来たの?」と、彼ははっきりした声で言って来ました。私は元気な兄を見て本当にびっくりしました。彼のそばに近づき手を持って「私ジュンコです。わかりますか?と問うと、彼は「分かっている」とはっきり言ってくれました。そうして私の隣の娘を指先し「この人は誰?」と言うのです。「私の娘のケイです」と言うとちょっとまだ理解ができないようで,もう一度この人は誰?ていいました。私はもう一度「私の娘のケイです」と答えました。娘が兄と前にお会いしたのは娘が大学生の時、もう20年位前になります。覚えているのが難しいですよね。他に一番下の弟74歳を見てあんたは誰?と聞くのでます。私は「一番下の弟の源坊です。」と言いました。彼は同じ地域にいるのですが、兄が認知と聞いていましたが認知になって初めて会うようです。
私達は奥さんに長男のところにも行くので、認知になった兄にも会いたいとお嫁さんにメールしましたら、初め彼女からお断りのメールが来て、少し落胆していました。しかし次の日に家にいるのだったらどーぞと言うので嬉しくなって伺ったのです。でも彼は私が思っていたよりお元気そうなのでほんとうに安心しましてた。今はデイケアに通っていると奥さんが言っていましたが、私は彼に会うことができて本当に良かったと嬉しくなりました。
そうして16時ごろ帰路に帰りました。しかし高速は渋滞がひどく予定より30分くらい遅れ18時にやっと自宅につきました。無事に到着して良かったです。運転してくれた、甥の家はもっと遠いので結局2時間も過ぎて到着したようです。
私は今回は姉、二人の兄に会うことができてとっても嬉しかったです。私は9月にカナダに行きました。其の後国内にある姉や兄に会いたいと思い計画を立てました。この計画がスムーズに行くように多くの人たちの協力があり、無事に3人の高齢の姉、兄2人にお会いすることができました。私はいつも思い立ったら吉日と思いすぐに実行します。今回は遠路甥の運転で無事に到着できました。本当にありがたいです。

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