医学生と助産所との交流会
公開日: : 日々のこと
8月24日(日)10~12時
私は友人の車で近くの「お産子の家 共同助産所」まで乗せて行ってもらいました。
玄関を入るともう中の和室に数人の若い男女が雑談をしていました。今日は医科大学の学生さんがこの助産院に交流と見学に来ると言う事を聞いていました。しかし何の目的ていらっしゃるのかはっきり具体的な事は聞いていなかったのですが、和室に入りソファーに座りました。
医大生は全部で6名でした。まず彼らの自己紹介から始まりました。その自己紹介をうかがっておりますと、一人の方以外全部社会人経験の方なのにはびっくりしました。看護師、検査技師、会社員、文学部卒と、なんと社会経験を持ちながら医学部受験してきた方々です。それには驚かせられました。もちろ医学部に入学するには、受験校から入学が多いのではと推測しておりましたが、今回お会いした、医学生さん達は社会人経験を持ってから医学の道を選んでいらっしゃっているので社会の荒波を受けているのではと、思いここ「お産子の家」を訪問してくれたのには私は大変嬉しかったです。
私は82歳、1966年から助産師を続けて約60年、正直沢山の医師との接点がありました。私は最初働き出したのは病院の助産師でした。その時はまさに医師の指示のもと、産科看護師の様に分娩室の中を走り回っていたのです。それから私は50歳で開業助産師になりました。開業助産師は自分で妊産婦の状況を判断し、妊婦をお産まで導くのです。
すると医師は私達開業助産師をまるでライバルという目を向けられた時がたまたまありました。
助産師は妊産婦が異常になった時は病院に搬送するのですが、その時、態度は明らかに「こんな妊産婦を搬送してきて」と渋い顔をするのです。また私の助産院で内科の女医さんがお産をすると聞いた同級の産婦人科の女医さんは「私は怖くて助産院なんかで産まない」と面と向かって言ったそうです。はっきり言って現在病院の医師が、助産院のお産はどんなものか何にも知らないと思います。
内科医の女医さんが私のところにやってきた時、私は彼女に病院のお産を勧めました。しかし彼女は頑として、私の助産院でのお産をしたいと言い張っていました。私は彼女がどうして私のところでお産を希望するのか詳しくお聞きしました。そうすると、彼女の従姉妹さんが私の助産院で出産し、大変良かったので彼女おかあさんの勧めがあったそうです。そうして彼女は迷わず助産院でのお産を決断し、お産の体力作りの為に太郎坊宮にも数回登り体を鍛えました。そうして、立派に素晴らしいお産を体験し、会陰部の裂傷も無く 可愛いい赤ちゃんがお産まれになり、彼女は号泣して感動していました。大体医師や助産師、看護師達は助産院のお産より、病院のお産が良いと思っているのがほとんどです。私のところでお産をした内科の女医さんは素晴らしい選択をしたと私は頭が下がります。
この度は医科大学の学生さんが 「お産子の家 共同助産所」においで下さいました。私は心のうちから喜びと感謝の心でいっぱいになりました。
これからは病院の医師と開業助産師が互いに協力しながら、女性の幸せのお産を追求できる日がいつか来ることを待ちたいです。
それにはやはり医師の卵の時の学びが大切なのではないかと痛感しました。
今日医学生さん達は「地域医療の勉強」に来られたことを知りました。。これから日本の地域医療もだんだん変わってくるのではないでしょうか?私が20年前カナダトロントを訪問した時に、そこの助産所に医師の卵が学びにきていたことに大変感動しました。
私は地域で開業していた産科医の方で、T医師は90歳で他界しましたが、彼も若い時「自分は産婆にお産を学んだので会陰部を切らずにお産ができる」と言っていました。その当時周りの医師は皆、女性の会陰部の側切開を当たり前のようにしていました。またこのT医師だけが、逆子のお産を経膣でしてくれました。その逆子も、彼は「産婆から学んだ」と言っていました。そうです。昔の産婆の技術は素晴らしいのです。はっきり言ってお産は病気ではありません。自然です。そんなことを知って変に薬や、医療器械を使わず少し待つ気持ちを持って、自然なお産を考えていたたければ嬉しいです。
これからの産科医が考えてくだされば、無駄な医療費は削減できるでしよう。これからもお互いに良い地域医療の為に宜しくお願いします。
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